強風の春の朝、マーティンボローへ向かう車の中で、風の音が低くうなっていました。
ウェリントンで時速120キロを超える強風が吹き荒れていたその日、南極からの冷たい空気がマーティンボローをも包んでいました。そんな猛烈な風の中でたどり着いたワイナリーが、アタ・ランギでした。
テイスティングルームに足を踏み入れた瞬間、思わず「すごい」と声が出ました。マオリの文様が建物の随所に取り入れられた、静謐で美しい空間。窓の外には、アタ・ランギが最初に植えたヴィンヤードが広がっています。この景色を眺めながらワインを飲む——それがここのコンセプトでした。
今回は、マーティンボローを代表するワイナリー「アタ・ランギ」を、私の訪問体験とともに詳しく解説します。
アタ・ランギとは
アタ・ランギとは、マオリ語で「新しい夜明け」「新しい始まり」を意味します。その名のとおり、マーティンボローにおけるワイン産業の「夜明け」を切り開いたワイナリーです。
創業は1980年。クライヴ・ペイトン氏が、まだ誰もワインを作っていなかったマーティンボローの地に挑みました。「この土地はピノ・ノワールに向いている」——その信念を持った開拓者の一人です。
密輸されたクローンが生んだ伝説
アタ・ランギを語るうえで欠かせない話があります。ピノ・ノワールに使われているエイベル・クローン(別名:ガンベル・クローン)は、1970年代にニュージーランドの国境を「船の中でこっそり」通過してきたものだと、スタッフは笑いながら教えてくれました。
あるニュージーランドの旅⾏者がロマネ・コンティの畑に忍び込み、違法に持ち帰ったブドウの穂木がありました。それを入国時に没収し、検疫所で検査した後、検査官が自園の畑に植えたものがエイベル・クローンの始まり。
それを繁殖させ、その検査官の友人だったクライヴに3,000本の挿し木を贈った——今日、畑の第13列以降に並ぶエイベル・クローンは、そこから始まっています。
現在は、クライヴ氏の妹アレイがCEOを、長女ヴァネッサがセラードアを管理するなど、家族経営はしっかりと引き継がれています。21ヴィンテージにわたりワインを造り続けてきたヘッドワインメーカーのヘレンが、すべてのワインに署名を記しています。
有機栽培とサステイナブルへの取り組み
アタ・ランギが徹底するのは、有機農法と最小限の介入です。
- すべての剪定は機械を使わず3ヶ月かけて手作業
- 収穫は手摘み
- すべての発酵に野生酵母のみを使用
- プレミアムな赤ワインは清澄も濾過も行わない
土そのものの力でブドウを育て、人の手を最小限にとどめる——その誠実な哲学が、ワインの純粋さに直結しています。
マーティンボローという土地
マーティンボローは、ニュージーランド北島の南端に位置する小さなワイン産地です。人口はわずか数千人ほどで、かつては農業の村でした。それが今や、世界が注目するピノ・ノワールの産地となっています。

この地の最大の特徴は、南極からの冷たい風です。ウェリントン海峡を越えてやってくる冷涼な風が、夏の暑さを和らげ、ブドウの酸をしっかりと保ちます。私が訪問した日のように、時に強烈な風が吹くこともありますが、それこそがマーティンボローのピノ・ノワールに「引き締まった骨格」を与える秘密でもあります。
土壌は砂利質(グラヴェル)が主体です。水はけがよく、根が深く張らざるを得ない環境が、ブドウに果実の凝縮感と複雑さをもたらします。「貧しい土壌ほど良いワインが生まれる」——そんなワイン産地の格言を体現した土地です。
ブルゴーニュのピノ・ノワールが「絹のような繊細さ」ならば、マーティンボローは「引き締まった骨格とスパイシーな深み」。同じ品種でも、土地が違えばこれほど表情が変わるのか——初めてアタ・ランギを飲んだとき、そのことを強く実感しました。
アタ・ランギのワインラインナップ
クリムゾン ピノ・ノワール——毎日の食卓に寄り添う一本
クリムゾンは、アタ・ランギのピノ・ノワールの入り口として最もおすすめの一本です。
樹齢20〜25年の若木から収穫したブドウを使い、新樽は一切使用せず、2〜3年の古樽で11ヶ月だけ熟成させています。クリムゾン(深紅)の名のとおり、明るく鮮やかなルビー色が美しい。チェリーやラズベリーのフレッシュな果実味に、バッキングスパイス(シナモンやクローブ)の香りが重なります。
テイスティングの場で同席していたアメリカ人バイヤーが「この品質でこの価格は存在しない」とつぶやいたのが印象的でした。日常の食事——和食にも洋食にも——自然と寄り添ってくれる、頼れる一本です。

ピノ・ノワール(フラッグシップ)——アタ・ランギを世界に知らしめた一本
アタ・ランギのフラッグシップ、ピノ・ノワールは、樹齢35〜45年の老木が実るベストパーセルのブドウを、6つのヴィンヤードからブレンドして作られます。
アベル・クローンを約40%に、ディジョンクローンやクローン5を組み合わせ、19ヶ月という時間をかけて完成します。よく熟した赤果実の香りと、エレガントで複雑な構造。10年以上の長期熟成にも耐えうる骨格を持つ、まさに「マーティンボローを代表する一本」です。
特にシングルヴィンヤード・シリーズ(コティンガ、マクローン、マスターズ)は、それぞれ異なる畑の個性を際立たせた稀少なワインです。

シャルドネ——ポティキとマスターズ
アタ・ランギのシャルドネは、2種類あります。
ポティキ・シャルドネは、マーティンボローの若い畑(ポティキ・ヴィンヤード)から生まれます。フレッシュで洗練されたスタイルで、柑橘系のアロマと程よいミネラル感が特徴。シャルドネ初心者にもおすすめです。
マスターズ・シャルドネは、ヘッドワインメーカーのヘレンが暮らす「マスターズ・ヴィンヤード」のわずか10列から生まれる希少なワインです。粘土質(クレイ)の多い特殊な土壌が、独特のフローラルな集中感を生みます。「空になったグラスの香りをずっと嗅いでいたいシャルドネです」と案内役が笑って言ったほど、余韻が長く続く逸品です。

その他のラインナップ
アタ・ランギはピノ・ノワールとシャルドネだけではありません。
- テ・ワ ソーヴィニヨン・ブラン:マーティンボローらしい引き締まった酸と、ハーブのニュアンスが特徴的
- ピノ・グリ:リッチでありながら爽やかな、食事に合わせやすい白ワイン
- セレブレ:シラー主体のブレンドワイン。マーティンボローのクールクライメートが生む上品なスパイス感
- ロゼ:ピノ・ノワールで作られた優美なロゼ。チェリーとバラの香りが美しい
おすすめヴィンテージと熟成ポテンシャル
アタ・ランギのワインは、総じて熟成ポテンシャルの高いワインです。
クリムゾン 2023は、2023年が北島でサイクロン被害を受けた後の乾燥した好ヴィンテージで、例年より豊かでベルベットのような質感に仕上がっています。今飲んでも十分美しく、さらに2〜3年置くと一層まとまります。
ピノ・ノワール 2021は、セントラルオタゴ同様に凝縮感に優れたヴィンテージ。今飲み頃に差し掛かっており、2028年頃まで楽しめます。
コティンガ・マクローン・マスターズなどシングルヴィンヤード・ラインは、現在が「若い」状態。熟成を経てさらに複雑さを増す、コレクターにも人気の銘柄です。2030年以降に向けてセラーに寝かせることをおすすめします。
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マーティンボローを代表するワイナリーのラインナップをぜひ。
— PINOT NOIR —
— WHITE / ROSÉ / BLEND —
アタ・ランギのワイナリー訪問記はこちら
→ 強風の春、マーティンボローでアタ・ランギに出会った日










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