マールボロに初めて降り立ったのは、2017年のことでした。
夜の便だったので、飛行機が着いたときには外はもう暗く、空港を出ると、冷たい空気と静けさだけがありました。ブドウ畑のことはまだ何も見えていませんでしたが、「ここがマールボロか」という感覚だけは、確かにありました。
翌朝、外に出て初めて、この産地の広さを実感しました。どこまでも続くブドウ畑、山に囲まれた大きな盆地、そして青い空。
「ここから、世界中に届くワインが生まれているんだ」——そう思ったとき、ワインが突然、場所を持ったものとして立体的に見え始めました。

この年は、クラウディ・ベイを中心にマールボロを回りました。翌2018年には再び訪問し、ブランク・キャンバスやアストロラーベ、ナンバーワン・ファミリーエステートなど複数のワイナリーを訪ねています。
その旅で出会ったワインと言葉が、Cave de U がマールボロのワインを届けようとする、すべての原点になっています。
マールボロとはどんな産地か
マールボロは、ニュージーランドの南島(サウスアイランド)の最北端に位置するワイン産地です。
ニュージーランド最大のワイン産地で、国内のブドウ生産量の約7割をここ一帯が占めています。中心の町はブレナム(Blenheim)。国内各地から飛行機でアクセスできる産地の玄関口で、周辺に広がる盆地一帯がブドウ畑です。
この産地を特徴づけるのは、山に挟まれた盆地という地形です。南アルプス山脈が北と西からの雨雲を遮り、盆地内は年間を通じて晴天の日が続きます。
ニュージーランドでも有数の日照時間を誇りながら、日中は温かく、夜になると一気に気温が下がる。その大きな寒暖差が、ブドウに豊かな糖度と、それを引き締める鮮やかな酸をもたらしています。
マールボロのワインといえば、「ソーヴィニヨン・ブラン」を思い浮かべる方が多いと思います。グレープフルーツやパッションフルーツのような香り、爽快な酸、フレッシュで飲みやすいスタイル——それがこの産地のシンボルです。
ただ、同じ「マールボロ産」でも、産地の中のどこで造られたかによって、まったく異なる個性を持つワインが生まれます。その多様性を知ることが、マールボロというワイン産地の本当の面白さにつながっています。

マールボロのワインが世界に広まったわけ
マールボロが世界のワイン地図に登場したのは、1985年のことです。
その年、クラウディ・ベイという小さなワイナリーが最初のソーヴィニヨン・ブランをリリースしました。それまでニュージーランドのワインなど誰も知らなかったイギリスの市場で、そのボトルは爆発的な人気を集めます。「マールボロ産ソーヴィニヨン・ブラン」という新しいカテゴリーが、この一本から世界に認知されるようになりました。

以来40年、マールボロは「ソーヴィニヨン・ブランの聖地」として世界中のワイン愛好家に知られるようになりました。ロンドン、ニューヨーク、東京——世界の主要都市の名だたるレストランのワインリストに「マールボロ産ソーヴィニヨン・ブラン」が当たり前のように並ぶのは、この産地の気候と土壌が持つ力と、ここで造り続けるワイナリーたちの情熱があってのことです。
Cave de U がニュージーランドワインを扱い始めたとき、「まずマールボロのワインから伝えたい」と思ったのは自然なことでした。この産地を知ることが、ニュージーランドワインを知る入り口になる——そう確信していたからです。
2017年の訪問で、クラウディ・ベイのジム・ホワイトと過ごした夜は、今でも大切な記憶として残っています。ワイン産地の星空の下で聞いた言葉が、Cave de U のワインへの向き合い方を変えた夜でした。その話は別の記事に詳しく書いています。
産地の中に、複数の顔がある——3つのサブリージョン
マールボロを深く知るほど、「マールボロ」というひとつの名前では収まりきらない多様性に気づきます。
この産地は大きく3つのサブリージョン(小産地)に分かれており、それぞれが異なる個性のワインを生み出しています。
ワイラウ・ヴァレーは、マールボロの中心部に広がる最大のエリアです。川によって運ばれた肥沃な沖積土の平野で、気候は比較的温暖。「マールボロらしいソーヴィニヨン・ブラン」というイメージそのままの、果実味豊かでフレッシュなワインが多く生まれます。グレープフルーツ、ハーブ、パッションフルーツの香り、爽快な飲み口——ワインをあまり飲み慣れていない方でも「おいしい」と感じやすいスタイルです。
アワテレ・ヴァレーは、ワイラウより南東に位置する谷です。より冷涼な風が吹き込み、ブドウはゆっくりと成熟します。できあがるワインはワイラウのものより骨格があり、ドライで、複雑なレイヤーを持つ傾向があります。最初の一口より、時間をかけてゆっくり飲むほどに何かが現れてくる——そういう構造を持つワインです。
ケケレングコーストは、アワテレのさらに南、太平洋に面した海岸沿いの小さなエリアです。切り立った崖と岩場が続くこの場所は、海からの潮風と塩気がブドウに影響を与えます。グラスを口に近づけると、海のミネラル感が漂ってくる。ほかのマールボロのワインとは、はっきりと違う方向を向いたスタイルです。
2018年にアストロラーベのテイスティングルームでジェーンが取り出してきたのが、このケケレングコーストのソーヴィニヨン・ブランでした。一口飲んだ瞬間、「海が来た」と思いました。それまでのマールボロのイメージとは、明らかに違う何かがそこにあった。「同じ産地の中にこれほど違う世界がある」——そのことを体で知った日でした。
ブランク・キャンバス——信じるワインだけを造るふたり
Cave de U が最も多く扱っているマールボロのワイナリーが、ブランク・キャンバスです。
マット・トムソンとソフィー・トムソン夫妻が立ち上げたこのワイナリーは、マールボロ各地の単一畑のブドウから、区画ごとの個性を際立たせたワインを造っています。「できる限り余計な操作をしない」という哲学のもと、畑が持つ本来の味わいをそのままボトルに閉じ込めようとする姿勢が、一本一本のワインから伝わってきます。
2018年の訪問でマットとソフィーと話したとき、「畑を信じる。それだけです」という言葉が印象に残りました。マールボロに根を張って34年以上のキャリアを持つ造り手がその言葉を語るとき、それは信念として伝わってきます。
ソーヴィニヨン・ブランを中心に、ピノ・ノワール、リースリング、シャルドネ、グリューナー・ヴェルトリーナーまで——ブランク・キャンバスのラインナップは幅広く、マールボロが一品種だけの産地ではないことを教えてくれます。Cave de U では、そのラインナップを幅広く扱っています。
→ なぜフィルターをかけないのか?ブランク・キャンバスのワイン哲学
アストロラーベ——冒険と発見の哲学
マールボロを代表するもうひとつのワイナリーが、アストロラーベです。
1996年にサイモン・ワグホーンが設立したこのワイナリーは、19世紀初頭にマールボロの海岸を訪れたフランス船の名前と、かつての航海士が使った天体観測儀「アストロラーベ」から名をとっています。「優れたワインを生み出すために常に冒険と新たな発見をし続けたい」というその哲学は、ワインの造り方にも、扱うブドウ品種の選択にも反映されています。
2018年の訪問でジェーン・フォレストと話したとき、Cave de U がワインをお届けしようとしている動機と、ジェーンがワインを造ろうとしている動機が、根っこのところで似ている——と感じた瞬間がありました。「お客様をおもてなしするようにワインを楽しんでもらいたい」という思いが、同じ温度で伝わってきたのです。
ソーヴィニヨン・ブランを中心に、シャルドネ、ピノ・ノワール、そしてスペイン・ポルトガルを原産地とするアルバリーニョまで——産地の可能性を広げ続けるラインナップで、ニュージーランドを代表するワイン評論家ボブ・キャンベルに「マールボロのソーヴィニヨン・ブランの頂点に立つワイナリー」と評されています。
マールボロのワインをさらに深く知るために
Cave de U では、マールボロのワインと人について、さらに詳しく語った記事を制作しています。
ワイナリーを訪問した日のこと、生産者との会話、この産地で感じた空気感——そういったことも含めて、ワインを飲む前の「もうひとつの情報」としてお読みいただけると、グラスの中のワインが少し違う顔を見せてくれるかもしれません。










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