星空の下で、ジムが教えてくれたこと

マールボロの朝は、静かです。

宿泊2日目の朝、私は早めに起きて散歩に出て、ゆっくりと歩きました。空気がひんやりと冷たく、ブドウの葉の先に水滴が光っていて、遠くの山の輪郭だけが薄い霞の中に浮かんでいます。

前の晩のことを、まだ考えていました。ジムの言葉が、頭の中でゆっくりと反響しているような朝でした。

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山が見えた、到着の日

クラウディ・ベイの畑の栽培責任者(2018年当時、2026年現在はTechnical & Sustainable Development Senior Director)のジム・ホワイトを訪ねた1日目は、よく晴れていました。

クラウディ・ベイは、マールボロを世界に知らしめたワイナリーです。1985年の設立以来、マールボロのソーヴィニヨン・ブランを国際的な舞台に押し上げた、この産地の象徴的な存在です。訪れたその日、日の光の中で見渡すマールボロは想像以上に広く、遠くまで山並みがはっきりと見えました。

クラウディ・ベイのラベルには、山が描かれています。世界中のワイン棚に並ぶあのボトルを、私はそれまでに何度も手にしてきました。でもマールボロで実際にその山を目の前にしたとき、日本の棚で手にしてきたあのボトルが、突然、重さを持ったような感覚がありました。デザインとして見ていたものが、実際の場所として立体的に立ち上がってくる。

 

「ラベルに描かれている山は、ここから見えるんですか?」

私が聞くと、ジムは迷わず答えました。「ああ、見えるよ」と。

晴れた午後の光の中で、ラベルの山が本当に目の前にあった。世界中に届いているあのラベルは、ここから見える景色だったのです。

クラウディ・ベイのソーヴィニヨン・ブランを口にすると、重厚な果実感と、プチプチとした弾けるような酸味があります。飲むたびに、あの午後の山の景色が一緒に戻ってきます。

ジムのファミリーと囲んだ食卓

その夜は、ジムのファミリーと食事をしました。

テーブルには奥さんと子どもたちがいて、食事が始まると笑い声が絶えませんでした。子どもたちがはしゃぎ、ジムがそれを目を細めて見ている。奥さんが何か言うと、家族の誰かが笑う。そういう温かさが、食卓にありました。

ワインの話、この土地の話、それぞれの近況——たくさんのことを話したはずですが、私の記憶に残っているのはそれよりも、あの食卓の空気感です。プロフェッショナルとしてのジムではなく、家族のそばにいるひとりの人間としてのジムを、そこで初めて感じた気がします。

食事が終わったとき、ジムが言いました。「いい場所を見せてあげるよ」と。

とっておきのスポットで

案内されたのは、ジムの家のとっておきの場所でした。

リクライニングチェアが置かれていて、そこに腰を落ち着けると、空が一気に広がりました。マールボロの夜空には星が多い。街の灯りが少なく、空気が澄んでいるせいか、日本では到底見えないような数の星が、視界いっぱいに広がっています。

ワインを片手に、リクライニングチェアに体を預けながら、私はジムに聞きました。これからのビジョンのこと。夢や目標のこと。ワインの世界でこれだけのキャリアを積んできた人が、次にどこを見ているのか。

ジムはしばらく、星空を見上げていました。それから、静かに言いました。

「これ以外に何を望む必要があるんだい?」

大きな声でも、感慨深げでもなく、ただ当たり前のことを確かめるように。その抑えた口調が、かえって言葉の重さを際立たせていました。

ジムの目の前には、満天の星がありました。そして少し前まで、奥さんと子どもたちが楽しそうに笑っていた食卓がありました。一日の仕事を終えて、家族と囲む食事。子どもたちの笑顔。そして今、ワインを手に友人と語り合えること——それが全部揃っている夜に、「夢やビジョンは何か」と聞かれたのです。

その答えが、「これ以上に何を望む必要があるのか」でした。

ジムが教えてくれたこと

ニュージーランドで暮らす人たちと話していると、仕事と家族・友人のバランスについての価値観が、日本とは少し違うと感じることがあります。

ただ仕事をし、ただ目の前のことに忙しくし続けることを、「それって何のために生きているんだ」と感じる人が多い。どれだけ実績を積んでも、家族が笑っていなかったら、友人と語り合う時間がなかったら、それは豊かな人生とは言えない——そういう感覚が、暮らし方の中に自然に根付いているように見えます。

ジムの「これ以外に何を望む必要があるんだい?」は、そういう文化の中から生まれた言葉だったのだと、私は思っています。星空がある。愛する家族の笑顔がある。友人とワインを片手に語り合える時間がある。それが全部揃っているなら、夢という名の「まだ足りないもの」を探し続けなくていい——そういうことを、あの一言は言っていたのかもしれません。

翌朝、ひとりで畑のそばを歩きながら、私はそのことを考えていました。

Cave de U がニュージーランドのワインをお届けしようとするとき、私の頭のどこかには、いつもあの夜空があります。ジムの家のとっておきの場所で、リクライニングチェアに並んで座り、星を見ていたあの時間と、あの言葉。

ワインはある場所の記憶を運んできます。グラスの中に、マールボロの星空があり、家族の笑い声があり、友人と語り合う夜がある——そのことを思いながら飲むと、ワインが少しだけ違う顔を見せてくれます。

マールボロのワインを手にするとき、ぜひそのことを思ってみてください。グラスの向こうに、あの星空があります。

 

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