2026年9月、東京で開かれたセミナーに、ニュージーランドから一人のヴィディカルチャリスト(葡萄栽培家)が訪れました。
ボールド・ヒルズのゲイリー・クラブ氏は、セントラルオタゴのバノックバーンにある、11ヘクタールのブティックワイナリーで畑を守る人物です。「私はワインメーカーではない。ヴィディカルチャリストです」——彼はそう自己紹介しながら、グラフや図表を使って、テーマを語り始めました。
この日のテーマは、「気候変動とピノ・ノワール」でした。
ブルゴーニュで何かが起きている——2026年、500年に一度の収穫
ゲイリー氏は、まず世界のニュースから話し始めました。
「インスタグラムやニュースで、こんな見出しを目にした方もいるかもしれません。『ブルゴーニュ、史上最早の収穫』」
異常な猛暑となった2026年、ブルゴーニュのブドウ栽培家たちは、8月13日に収穫を始めました。グラン・クリュ(特級畑)のル・モンラッシェに始まり、公式には8月16日が収穫解禁日とされました。通常のブルゴーニュの収穫は9月末——例年より約6週間も早い計算です。
しかもこの早さは、記録が残る限り過去最早だったそうです。ブルゴーニュでは収穫日を1354年まで遡る記録が存在しますが、それほど早い収穫は約500年前の1556年以来、初めてのことでした。
「これは単なる異常気象ではない」とゲイリー氏は言います。「温暖化が進み、春の温暖な気候で萌芽が早まり、5月〜7月の熱波がさらに開花・成熟を押し上げました。気候変動は、ブドウ栽培のカレンダーを根本から書き換えています」
そしてこれは、ブルゴーニュだけの話ではありません。

セントラルオタゴ——世界で最も変化の少ない、稀有な産地
ゲイリー氏は、世界の主要なピノ・ノワール産地の気候変動データを比較しました。
- ブルゴーニュ
- オレゴン州ウィラメット・バレー
- オーストラリアのヤラ・バレー
- 日本の余市
- ボールド・ヒルズのあるクロムウェル(セントラルオタゴ)。
過去30年間の収穫期の気温上昇を比較すると、驚く事実が浮かびます。

余市もブルゴーニュも、収穫期の気温はおよそ2〜3度上昇しています。ウィラメット・バレーやヤラ・バレーも0.5〜1.5度の上昇。しかしクロムウェルは、30年間でほぼ0〜0.5度しか変わっていない。世界の主要ピノ・ノワール産地の中で、最も気候変動の影響が小さい産地のひとつなのです。

なぜでしょうか。それは、地理的な条件に理由があります。
ニュージーランド南島の真ん中には、南アルプスと呼ばれる高い山脈が走っています。太平洋側から吹き込む湿った風はこの山脈にぶつかり、西側(山脈の手前)に年間10メートル以上の雨を降らせます。しかし山を越えた東側——ボールド・ヒルズのあるバノックバーンには、年間わずか300ミリメートルほどの雨しか降りません。
「Bald(ボールド)という名前は、”はげた”という意味なんです」とゲイリー氏は自身の頭をなでながら、笑いながら話します。「木が育てないほど乾いているから、丘がはげている。それがそのままワイナリーの名前になりました」
緯度は南緯45度付近。余市の北緯43度ときわめて近い位置にありますが、気温はクロムウェルの方がずっと涼しい。夜は今もとても冷え込み、冷涼な気候のおかげでブドウの酸が豊かに保たれます。
「夜に温度が下がることが大切なんです。夜が暖かいと、酸が”蒸発”してしまう。ブドウのフレッシュさと明るい果実味は、涼しい夜があってこそ生まれます」
ヴィンテージが生む違いを飲み比べる——2フライトのブラインドテイスティング
セミナーの中心は、ブラインドテイスティングでした。参加者は2つのグラスを前に、どちらがどの年なのかを推測します。
【フライト1:2017年 vs 2018年】
2018年は、ボールド・ヒルズの歴史上最も暑かった年。積算温度が記録を大幅に超え、収穫は例年より約1か月早まりました。2017年は逆に涼しく、収穫も遅め。まったく性格の異なる2本です。
「どちらが暑い年だと思いますか?」とゲイリー氏が問いかけると、ほとんどの参加者がNo.1のワインを「2018年(暑い年)」と推測しました。しかし正解はNo.1が2017年(涼しい年)、No.2が2018年(暑い年)。
つまり、私も含めて、ほぼすべての参加者が逆に判断していたのです。
「面白いでしょう?ヴィンテージの違いはたしかにある。でも人によって好みは違うし、両方を楽しめる人がいる——それが私にとっては嬉しいことです」とゲイリー氏は話します。
暑い年のワインは、果実が大きく、糖度が高く、アルコールが高め。涼しい年のワインは、果実が小さく、酸がしっかりして、熟成のポテンシャルが高い。色も涼しい年の方が深く出やすいといいます。果皮と果汁の比率が高くなるからです。

【フライト2:2020年 vs 2021年】
2020年は途中から一気に気温が下がった「とても冷涼な年」、2021年は平年並みの「ノーマルな年」。
同じように、どちらが冷涼な年のピノ・ノワールで、またあなたはどちらが好きですか?という問いかけがありました。
今度は参加者の意見が割れ、好みも分かれました。
私は2020年の冷涼なピノ・ノワールの方がタンニンが繊細で、果実感がとてもエレガントに表現されており、その骨格を彩るスパイス感も優しく、とても好みでした。ゆっくりと飲みたい素晴らしいピノ・ノワールでしたし、熟成のポテンシャルもあるので、バックヴィンテージとして、数年経った後に飲むのも楽しみな1本だと感じました。
気候変動に立ち向かう——畑の中でできること
「気候変動への対応として、私が最も大切にしているのがソイル・フード・ウェブという考え方です」とゲイリー氏は話します。
土の中の生態系——菌類、バクテリア、小さな虫、ミミズ、そしてそれを食べる鳥——が循環する、森の中のような環境を畑に再現する。かつては農薬で雑草を除草し、きれいに整えられた畑が「良い畑」とされていましたが、それは土の生命を殺す行為でもありました。
「ブドウの木はもともと森から来た植物なんです。森のような環境こそが、気候変動に強い、健康な木を育てます」
ボールド・ヒルズでは2016年から合成農薬の使用をゼロにし、オーガニック農法を実践。セントラルオタゴで初めて日本農林規格(JAS)のオーガニック認証を取得した、先駆的なワイナリーです。
世界の先進事例も積極的に学んでいます。タスマニアの若い醸造家の畑を訪問し、ブルゴーニュやボルドーの新しいトレリス・システム(棚仕立て)も研究。将来のブドウ畑のあり方として、ブドウの樹を高い位置(1.7メートル)に仕立て、下で羊が草を食べながら土壌を肥やす「ワトソン・システム」にも関心を寄せています。

余市との対話——国境を越えた学びあい
ゲイリー氏の来日は、単なるセミナー開催だけが目的ではありませんでした。
「私は常に若い世代から学ぼうとしています。そして異なる産地の生産者と情報を交換することが大切だと信じています」

ゲイリー氏は余市を訪問し、NIKI HillsとドメーヌYUIの畑を訪れたそうです。情熱にあふれた若い生産者たちとの対話から多くの刺激を受けたと言い、そのときに得た情報をセミナーで共有してくれました。
ドメーヌYUIのデータによれば、近年のヴィンテージは「2023年は暑く、2024年は涼しく、2025年は暑く、2026年は涼しい」と交互に振れており、セントラルオタゴと同じ傾向が見られます。
「ニュージーランドと北海道・余市。緯度は近いのに、気候は異なります。でも、気候変動の波は同じように来ている。お互いに学びあうことで、より良いピノ・ノワールを作れると思うんです」
ゲイリー氏の言葉には、競争ではなく連帯の精神がありました。困難な時代を、世界の生産者が力を合わせて乗り越えようとしている——そんな空気を感じたセミナーでした。

ボールド・ヒルズのピノ・ノワールを購入する
セミナーで紹介されたヴィンテージを含む、バノックバーンの丘が育てたピノ・ノワールをCave de Uでご購入いただけます。






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